| みなさんは「左官」という仕事をご存知だろうか?ちょっと一昔前なら自宅の壁や塀などにその跡がみられたかもしれない。子供の頃、和室の壁に爪を立て引っかいて遊んだ経験があるのは筆者だけだろうか。今でも古い民家や白壁の塀が立ち並ぶ文化的遺産の残る街ではたくさん見ることができるが、現在の暮らしの中でいったいどれくらいの人たちが左官を身近に感じているだろう…。
「左官」とはつまり鏝(コテ)を用いて壁や床、塀などを塗り上げていく仕事のことをいう。材料は土や石灰(消石灰)、珪藻土など様々でそこに接着の役割となる藁やスサ、ふのりなどを加え水をまぜ合わせてつくられる。
左官の原点は人々が竪穴式住居で暮らした縄文時代にまで遡るという。穀物などの貯蔵や雨風をしのぐために身近にある材料(つまり「土」)で壁となる土塀を作ったことだと考えられており、やがて木を細かくして壁の芯をつくりその上に土を塗るといった工夫が生まれた。時代が進むにつれ単に壁としての役割だけでなく表面の装飾などを施す技術にまで発展していった。白い漆喰が塗られた旧家の蔵に立派な鶴や家紋などのレリーフが施されているが、あれは左官職人さんたちの腕によるものだ。
さて、今回ご紹介する職人さんは親子二代にわたり左官職人という滝川久則さん。親方である父親は70歳をこえて今も現役というだけに、現在39歳の滝川さんは若手?というのだろうか…気力・体力ともに今がいちばんアブラの乗っている左官職人さんだ。
「最初は、まぁなんとなくでした…。」
そう語る滝川さんは左官職人のもとに生まれ育ち10代後半でこの道に入った。素直に職人の世界へと足を踏み入れ21年の歳月が経とうとしているが、同じ職人である親方(父親)との道のりが平坦だったはずはない。そこにはどのような世界があったのだろうか。
「父親とはいえ親方ですからね。厳しいというかそんなもんですよ。まずは材料を覚えることから始めます。そして練る。按配があるからきちんとできないと鏝はもたせてもらえないです。そのあとは材料を鏝にのせれる様に日々練習。それができなければ始まらない。塗り方だっていちいち教えたりなんてないから、隣でやってるのを見て覚えて、思い出しながらやってみる。何度も繰り返して少しずつ自分のものにしてゆくんです。それに頭で考えてるだけじゃダメで身体が勝手に覚えるようになるまでやるんです。」
誰も手取り足取り教えてくれるわけじゃない。だからこそ口に出さなくてもダメなモノはわかる。そこに厳しい職人の世界が見えてくる。こうして続けてこれた理由をたずねると
「うーん、プライドというか…いまに見てろ!見返してやるぞ!っていう思いですかね。本気になったのは、ここ10年ぐらいです(笑)」
笑いながらそう応える滝川さんだが、とても正直で職人としてのまじめさが伝わってくる。
「毎日やってても同じ壁は作れない。そのくらいビシッと平らに仕上げるのは難しい…。光の差し加減なんかでわかるんですよ。満足のいく仕上がりを目指して日々勉強です。」 |